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vol.38 LAST YEAR'S
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Dec 2005
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気づいたら、1年も更新していなかった。
なんたる怠惰!
というか、なんという多忙な1年!
日記どころか、年記だよねこれじゃ。
一気に1年を振り返って---
とにかく2005年は、自分の機能を確認するため、あらゆる関係に従順でいようと想った。
つまり来るハナシ拒まず、なんでもやってやれ、という感じで。
大事なのは、自分を機能させることだと想ったんですね。
その結果、かなり節操のない状況になっちゃいました。
『絶対の危機』(ブログ)
ブログをやりませんか、とニフティの方に請われるがままに、ハイとふたつ返事で始めてしまった。
これが携帯電話から更新できるものだから、つい現場でも書いてしまう。
いまだにパソコン音痴の自分には扱いやすく、それが良かった。
おかげでこっちの公式日記エッセイは放ったらかしということに…。
意外とたくさんの人がチェックしているのにも驚いた。
「これからはブログの時代だ」という業界人もいる。
そうなのだろうか。
当事者ではあるが、ぼくにはよくわからない。
学校の教室に日記が貼り出される、そんな懐かしい気分は味わえるかもしれない。
ひとことでいえば「機能のハケ口」か。
ミクシイに入らない? ともよく誘われるのだが、そっちは避けています。
テレビもパソコンも覗かないアナログ人類ですから。
『ブラック・ジャック』(テレビ・アニメ)
前のエッセイにも書いたのですが、何より自分が監督に選ばれたのが嬉しかった。
自分が選んだというより、選ばれたというのが。
それが何であれ、求められたのだから、全力を尽くそうと。
これはやっているうちに、どんどん楽しくなりましたね。
1週間に5日も時間取られて、面倒な仕事ではあるのですが、原作も良いし、スタッフもユニークだし、声優の方々も打ち解けて、充実した仕事をしているって気になる。
ただ作り続けるというだけではなく、あれこれ作戦を立てて、それが結果に反映されると、気分良かったり。
結局、作戦勝ちというのか、うまく劇場映画にまで話は進みました。
そこまでは良かったんですが…。
『スパイ道』(ハイビジョン番組)
BS-iのプロデューサーの丹羽さんは、一度に数十本もの番組企画を同時に進行させられるツワモノなんですが、実は高校の後輩です。
正確には映画研究部の後輩で、8ミリ映画を作っていた。
で、やっと先輩のワタシに声がかかり、低予算で軽いギャグ・ムービーを1本撮ることに。
昨年『サイバー刑事まつり』という企画でも、おバカなショート・ムービーを作ったので、その流れというか勢いでやりました。
タレントの森下千里さんが出てくれて、予算がないのでいつもの如く自宅で撮影。
自分の家の中に人気アイドルが水着でいるというのも、なかなかないシチュエーションでしたよ。
『1万円ホラー』(ネット・ムービー)
ニフティに『TEO』の頃のスタッフがいて、それがなぜか『星くず兄弟の伝説』以来ぼくの映画の現場にいるスタッフとつるんで、限界を超える低予算(!)でパソコン配信コンテンツをぼくに作らせようという無茶な企画。
あまりにヒドい条件に、つい笑って引き受けてしまった自分の天邪鬼加減に、自分であきれました。
でも正確に1万円で作ったんですよ。7分のホラーを。
それがなんとなくウケたもので、次にはさらに限界に挑戦と、自分から『千円ホラー』を作るとか言ってしまって。
今度こそ、みんな信じなかったですね。
まさか千円で作れるのかと。しかも劇場アニメやテレビをやっている多忙な最中に。
やりましたよ。千円で。
編集なし、10分のホラームービー。
こんなことやっちゃうところが、悪くも自分らしいというか…。
これが東京国際ファンタスティック映画祭で、ミラノ座の大スクリーンに映された。
意外と観ていられるんですよ。製作費千円なのに。入場料より安い(笑)。
虚しい成果ですけどね。
『ザ・バースデイ』(ネット・ムービー)
今度は25年ほど前に『お茶の子博士のホラーシアター』という番組をやっていた時のプロデューサーから声がかかり、またやってくれないか、と…
“また”というのは当時も低予算だったのですが、今回も低予算で。
最初の条件はアイドルを出して水着を出して、というふざけたもので、でも森下千里さんを撮影した勢いで、よしアイドルが出るならやりましょうと、変な引き受け方をしました。
結局、手塚さんがやるなら水着はどうでもいいですよ、という話になって、なんか企画がズレてしまった。
考えてみれば25年前はそれだけに専念していればよく、中身も3分程度だったのでできたんですが、今はテレビのレギュラーもあるし他にも仕事はいっぱいで、その上1話15分も作るという、なかなかしんどいことになって、後悔してます。
しかし『ブラックキス』(後述)はホラーではないと言えども久し振りのコワイ映画で、それにつながる話題ということでは、ホラー・ネタのレギュラーがあるのもいいかな、と。
全12話ということで、まだ制作中。
携帯でも観られるということなんですが。
『心霊通信ホラーキー』(パケラジ・ソフト)
ドワンゴが配信しているパケラジ(携帯用パケット通信ラジオ)の1番組で、都市伝説めいたストーリーをずっと作ってます。
シンプルで軽い内容に、ちょっとヤバイ画像をつけて、無記名で配信している。
1週間に1本なんですが、ストーリーは1か月分をまとめて作らねばならず、意外とアタマこき使う結果になりました。これもまだ更新中…。
『ダンスオペラ3 UZME』(ダンス演出)
コンテンポラリー・ダンス観るのは大好きなんですね。
今年1番期待していた仕事だったんですが、1番苦労して、もっとも心を痛める結果になりました。
自分の機能が正しく生かせなかったというか、立場があいまいなまま進んで中途半端な仕事になってしまった。
“演出”をやるということだったんですが、ダンス公演では振付家が演出も兼ねるわけで、演出家がふたりになり、しかも考え方が水と油。
船頭多くして船、山に登るということわざ通りの、最悪の状況に陥りました。
リハーサルもぎりぎりで、なんとか形に落とし込んだものの、評価を聞くまでもないガタガタの作品に。
昨年NYで描いたイメージも、うまく生かせず。
ホント残念な仕事でした。
でも素晴らしい出演者に恵まれて、音楽の橋本一子さんとも久し振りに仕事できたし、それが救いだった。
『CG侍』(テレビ番組)
バラエティ番組『鈴木タイムラー』の中の1コーナー企画で、ワークスの前原プロデューサーから持ちかけられたハナシ。
原案と監修(とプロデュース)をやっています。
企画そのものはぼくが考えたんですが、スタッフ捜しに手間取ってしまって製作が遅れた。
というのも、これまた低予算の企画だったから。
チープなCGのユニークさを狙ったモノではあるんですが。
TVKにて放送中。
『ブラック・ジャックALIVE』(漫画)
ついに漫画を書きおろすことになってしまった。
といっても自分でやるといったので、自業自得なのですが。
一度は原作のみで、画は岡崎能士さんに描いてもらった。
その次は自分ですべて。
しかし商業漫画はじめてという男に、いきなり巻頭カラーで18ページ、しかも打ち合わせなし。
コワイ企画です。
これも、ただ漫画だけならもう少し苦労はなかったはず。
テレビアニメ、劇場アニメと、その他もろもろの仕事を抱えながらやるには、重荷だった。
漫画とアニメを二股かけていた父親の苦労がホントよくわかりましたよ。
これだけは、わかりたくなかったですけどね。
締切りは来るし、時間はないし…。
散々な出来になりました。
『ブラック・ジャック ふたりの黒い医者』(長編アニメ)
テレビでバランスの良い機能を見せた仕事が、そのまま劇場映画になるという。
本来、喜ぶべきことなんですが、実写化の企画を抱いていたもので、素直には喜べなかった。
しかも、実写の企画の方は中断。
仕方がない。これもタイミングのなせる技か。
これは製作中にふたつの大きな問題が起こり、結果的にスケジュールがなくなるという大ピンチになりました。
詳しくは書きませんが、制作を脅かすトラブルも、たったひとりのスタッフの言動で起きてしまうという。良い教訓になりましたよ。
スタッフが画の作業に入れたのが8月でしょ。12月に公開。
ということは、ほぼ4か月で作ったわけです。(!)
スタッフの努力は如何なるものか。
試写の2日前まで、画を直していた。
よく間に合ったものだと想いますよ。
『ブラックキス』(長編映画)
製作中『シンクロニシティ』という題名の映画だったんですが、完成後1年経って公開がやっと決まったところで、『ブラックキス』に変えました。
いや、変えたというより、戻した。
企画当初は『ブラックキス』だったんです。
途中、気が変わって『シンクロニシティ』にしていたのですが、結局最初の題名がいまはシックリきている。
これがまた偶然、『ブラック・ジャック』と時期が重なってしまった。
ふたつの“黒い”映画を、同時に宣伝するという、おかしな事態に。
しかも1本は子供向けのアニメで、1本は15歳未満お断りという…。
どちらもメスを振るう人物が登場するし。
どちらも人の生死に関わるハナシだし。
これこそ“シンクロニシティ(意味のある偶然の一致)”というものだ。
6年ぶりの劇場映画が、いきなり2本上映されるというのも、妙なモノ。
まあ、TZKらしいといえばそうなのだが。
いや、こうして1年を振り返ると、なんだか挙動不信の仕事ぶり。
漫画、アニメから舞台、携帯電話、ネットムービーまで、あらゆるメディアに絡んでいるというのもいかにもヴィジュアリスト……。
自分が望んだことではないとはいえ、これが宿命というか、結局は自分の機能なんだな。
メディアの“そこにいる”ということが。
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